ばたんと音を立てて開かれたドア。ソファに座りながらそちらに目を向けると、そこにはあちこちに髪を跳ねさせた恋人が疲れた様相で立っていた。

「終わったんですか?」
「…ん?ああ、一応」

終わったと溜め息と共に吐きだした彼は、のそのそとこちらに歩み寄って来、そうして力が抜けたのかソファを大きく軋ませながら倒れ込んできた。こういう時大きいソファで良かったと思う。端から見て自身が彼に膝枕をしている状態になりながらそう考えていた。

「コーヒーでも淹れましょうか?」
「んー…いや、今はこうしていてくれ」

ぐりぐりと膝に顔を押し付けてくる相手がまるで子どもみたいで、思わずくすりと笑みが零れた。いつもはビシッとスーツ姿できめている彼も、徹夜での仕事はこたえるらしい。長い髪を揺らしながら威風堂々とした然でいる常は勿論格好良いが、こうして自分にしか見せない部分もたまらなく好きだ。大好きだ。

「あ、じゃあこれ食べます?」

先程まで食べていたものを見せると、彼はうつぶせの状態から仰向けに身体を引っ繰り返した。じいっとしばし見つめてから、小さく口角を上げた。

「ビスケットか…そういえば随分長く食べていないな」

懐かしいと頷く彼に、親父くさいですよと告げれば落ち込むだろうかと意地の悪い考えが浮かんできたが、仕事明けに流石に可哀想かと口を噤んだ。

「食べます?」

もう一度問うと、せっかくだから貰おうかと口をぱかりと開けてきた。まるで親鳥からの餌を待つ雛のようだとまた笑いがこみ上げてきて。くすくすと音を零しながら、口元までビスケットを運んだ。ぱくりと口に咥えたのを確認してから自分の顔をそこに落とし、半分ほどを奪い取ってやった。さくりと良い音を立てるビスケット。口内に広がる甘さに満足する。もぐもぐと咀嚼しながら彼の顔を見下ろすと呆然と固まっていて、その間の抜けた状態がまた笑いを誘った。今日の自分は笑い上戸のようだ。

「どうしたんですか?」

自身の歯型がついた、いびつに欠けたビスケットを咥えた美丈夫。彼に微笑みかけると慌てたように口を開こうとしたため、無理矢理外に出ていたビスケットを口内に押し込んでやった。

「欠片が落ちるので先に食べてしまって下さい」

掃除の手間が増えるので。話はそれからです。
そう言うと彼はむせながらも何とか飲みこみ、少々ばかり涙目になりながら口を開いた。

「ア、 アリババくん…今」
「俺なりの労いですよ」

お仕事お疲れ様ですと笑うと、何度かぱくぱくと口を開閉させてから彼は項垂れた。

「…あの頃の初心なアリババくんはどこに行ったんだろうね」
「今の俺は嫌ですか?」
「まさか。世界一の恋人だよきみは」

それに例え冗談でも不満の一つでももらせばジャーファルに殺される。
苦笑する彼に確かにそうかもしれないと頷き、流れる長い髪を軽く梳いた。

「もう少ししたらご飯にしましょうか」

頑張ったご褒美にシンドバッドさんの好きなものたくさん作りますよ。

「すっかり立場が逆転したものだ」

今では俺が子ども扱いかと零す彼。

「恋人である俺だけの特権ですよ。嬉しいでしょう?」

そんな俺の台詞に違いないと声を上げて笑う相手の髪を梳きながら、鮮やかに染まる愛おしい時間に身を任せる。


このままずっと一緒にいられるといい
手を繋いで、歩いていけたら
それに勝るものなどなにもないだろう



「好きですよシンドバッドさん」



ほろりと溶けた甘い菓子は、今の二人に丁度良い。








ビスケット/ YUKI